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ポリタンクの中

2018/ 10/ 09
                 



ある時期、毎月登っていた山には、湧き水があった。
水道からポリタンクに注いだ水を持ってそこまで行き、そこで水を捨て、
湧き水に入れ替えるのが習慣だった。
ポリタンクは直方体に丸い口がついている形で、容量は1リットルから
2リットル程度。
必ず、どんな時でもそこでは小休止を取った。

週休二日など夢物語だった頃、仕事を片付け、一人で夜の山道を歩いていた。
翌朝の出発地まで、できるだけ早く着いて、眠りたかった。

休憩したのは、そこがいつもの場所だから、大変うまい水が
湧いている場所だからに過ぎない。
とはいえ、ぽつんと一人。
さっさと水を入れ替えてしまおうと、ポリタンクから水を捨てて
藪を掻き分け、湧き水の流れにポリタンクを沈めた。

ふと気付いた。
手元が明るい。
見回すと、漆黒といって良い闇。
手元に目を落とすと、やはり明るい。

ポリタンクが、というよりポリタンクの中で水が光っているのだ。
ゆらゆらと揺れる水に合わせるように光が揺れている。
小さな流れからポリタンクの口に触れ、流れ込んだ水が
光を発している。

不思議な思いで水を眺め、ポリタンクを目の高さに掲げた。
半透明のポリタンク越しに光る水の水面上、何かが光を
はね返してきらめいている。

虫だろうか。
光はともかく、虫や木の葉が入り込むのは、それほど珍しい事ではない。
ポリタンクの口から中を覗いた。

合戦中だった。
小さな小さな船にのぼりを立て、もっと小さな人間同士が刀と槍で戦っている。
声は聞こえず、赤と黄色の二手に分かれた小船の集団同士が船を寄せ合い、
小さな人々が船から船へと跳び渡り、突き合い、斬り合っている。
服装は色鮮やかだが、それ以上はよく分からないほど人々は小さい。
もっとよく見ようとポリタンクを傾けると、船が湧くように現れる。
水面が揺れると、その小さな突起が形をなし、小船が現れるといった按配だ。
斬り合いに負け、船から転げ落ちた小人は、しぶきも上げず、そのまま
水に溶けてゆく。

何かを積み上げ、それに火を放って火の玉のようになった小船が水面を走り、
それに体当たりされた小船は、ひとたまりもなく砕け、沈んでしまう。
ポリタンクを揺らし、水面が揺らめくと、沈んだよりも多いかと
思えるほどに、小船が湧き上がる。
際限のない殺し合いを目の前で見ているにも関わらず、美しかった。
間違いなく、美しかった。

ぴちっと水がはね、俺の目に当たった。
目をつぶり、目を開き、まばたきをした。
闇だった。
水の流れる小さな音が聞こえた。
ポリタンクに口をつけ、水を飲んだ。
うまかった。



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